Portal of あれこれ

熱い自分語りブログ

「変わった/変わらない」

この記事はブログ設立当初に書いたんだけど、結局収まりというか、着地点を見つけられ無いで下書きのまま放置したものだ。
とりあえず腐らせるのはもったいないので、妥協したものを上げようと思う。駄文ご了承ください。


KONAMI小島秀夫監督率いる小島プロダクションが製作したステルスアクションゲームMETALGEAR SOLID 4 GUNS OF PATORIOTS』(2008年)は主人公のオールド・スネークのこんなモノローグから始まる。

「戦争は変わった」

20年以上戦ってきた伝説の英雄が、IDとナノマシン技術が発展した結果、感情も歴史も制御・管理・コントロールされる代理戦争ビジネスが溢れた近未来の世界をプレイヤーに説明すると同時に、彼自身の老兵を置いていく時代に対する困惑や怒り、諦めの感情を伝えてくるものだ。MGS4にとってのキーワードであり、2006年のティーザートレーラーの時点でこの台詞が使われている。
この台詞、英語音声の台詞では

「War has changed」

となるこの台詞、実はあるゲームシリーズに必ず出てくる台詞と似ている。

「War,war never changes」

米国のBethesda Softworks社が作る、核戦争後の荒廃したアメリカを舞台にした、RPGゲーム、Falloutシリーズで必ず出てくる台詞だ。日本語版では

「人は、過ちを繰り返す」

となっている。直訳すると「戦争(争い)は決して変わらない」のようなニュアンスだが、この訳は人類は核戦争で絶滅の危機を迎えようとも、食料や資源を巡ったり、新たに生まれた思想のもとで争ってしまうという愚かさで成り立つゲームの世界観を踏まえたものだと思う。Falloutシリーズで、この台詞は最新作の『Fallout4』(2015年)で主人公が口にする以外はプレイヤー以外のキャラクターが発言している。
んで、両者の台詞を比べてみると「戦争は変わった」と主張するMGS4に対し「戦争は変わらない」とするFallout


メタルギア」シリーズはMSX2用に発売されたMETAL GEAR(1987年)から始まった。MSXというMicrosoftアスキーが開発したパソコンでプレイする、パソコンゲームだ。その後METAL GEAR SOLID(1998年)がPlaystationから発売される。これ以降の作品はタイトルに小島監督ディレクションするメタルギアシリーズの作品は「METAL GEAR SOLID」と付き、件のMGS4Playstation3専用ソフトだ。
一方Falloutシリーズは元々Interplayから発売されたPC用ゲームソフトFallout(1997年)から始まり、翌年に『Fallout2』(1998年)が発売される。その後二作品も作品の権利がBethesdaに移り、『Fallout3』(2008年)がWindowsPlaystation3XBOX360用に発売された。それ以降の2作品もマルチプラットフォームだ。こうして見るとMGSとFalloutが送ってきた遍歴が少し似通っている。両者ともPCゲームからスタートしたシリーズで、PC専用時代からハードの進化に伴い表現が進化している。


MSX2時代のメタルギアは2Dのドット絵でカメラはスネークを見下ろすのみだったが、Playstationに変わって3Dポリゴンの表現が可能になるとカメラは鳥瞰だけでなく、スネークの動きに合わせてプレイヤーが変えることができるようになり、シリーズが進むにつれ、カメラも自由に動かせるようになった。小島監督は80年代から活躍しているベテランであり、ゲームの進歩を長きにわたって体験している人だ。2Dのドット絵だったスネークも3Dポリゴンでリアルな顔に変わり、AIの動き、音響やムービー、オンライン要素にマルチプレイなど様々な進化をメタルギアに注ぎ込んだ。そんな小島監督はMGSシリーズ最終作(当時はそういうことになっていた。あと3本出るんだけど。小島監督作品の時系列では最後)を作るにあたってメタルギアだけでなくゲーム業界全体を総括して
「戦争(=ゲーム)は変わった」
とスネークに言わせたかったんじゃないだろうか。(小島監督はこの頃から40代を越えた自分をおっさんと揶揄している。オールド・スネークと自らを重ねた発言も自身のラジオでしていた)
MGSは作品ごとに時代・舞台や主人公に、テーマを変えている。2005年のアラスカだったり冷戦時代のジャングルだったり近未来の戦場だったり…。主人公も伝説の英雄、若手イケメン兵士、年老いた英雄…。作品ごとのテーマもGENE(遺伝子)、MEME(文化的遺伝子)、SCENE(時代)だったりと、ステルスアクションという根っこは変えずにあの手この手でプレイヤーを楽しませてくれる。だが基本は1作目の『METALGEAR』で完成しており、そこにスペック上できなかった表現を足していってったり、テーマに沿ってゲームデザイン及びストーリーが変わっていく形だ。


一方のFallout。第1作からFallout Tactics: Brotherhood of Steel』(2001年)まではクォータービューからなるターン制もしくはRTSの、Fallout:Brotherhood of Steel』(2004年)では鳥瞰のアクションRPGと、カメラは常に観測者の視点だったが、Fallout3では肩越しと一人称視点からなる没入感の強いアクションRPGとなった。主人公はRPGのキャラクターらしく、なるべくバックボーンがなく、喋らないキャラだった(最新作『Fallout4』では息子を攫われてしまい、自ら喋る異例の主人公になっているが)。でだがそこに出てくるモンスターや組織、そして基本的な世界観のビュジュアルは変わっていない。


ゲームデザインも作り手もそのままに変革を見続けてきたメタルギア、老兵の小島監督は『MGS』シリーズが終わった現在も、『DEATH STRANDING』でゲームを変えようとしている。曰く、これまでのユーザー同士「棒」で殴りあうのがメインだったゲームから、「縄」でつながり合うものになるそうだ。
ゲームデザインも会社も変わったのに「Never changes」=「変わらない姿勢」を貫いた『Fallout』。このゲームはユーザーに与えられた自由度と、核戦争後を生き延びるという世界観の二つでずっと支持され続けてきた。
変わるものと変わらないもの。戦争=ゲームに対して彼らが語る言葉と、彼らが作り上げる作品の姿勢は真逆だ。そんな1人と1シリーズはこれからもゲーム開発という戦場の切っ先を歩いていくだろう。